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「日本必敗 昭和16年総力研究所の予測」を読んでショックを受ける

2009/02/07 00:22

 

 この上の「」書きで書かれた文章は、『国民の知らない昭和史』(KKベストセラーズ)に収められた猪瀬直樹氏のものだ。上記の本以外にも、「別冊歴史読本」(1986年刊・冬季特別号)や「日本の近代 猪瀬直樹著作集8」に収められているとのこと。

 

 総力研究所とは何か?
 この本によると昭和16年4月1日に設置した機関で、日中戦争などで日米関係が困難な局面に陥り、アメリカとの戦争に至った場合の戦局の推移、国内の動向などを、各省庁や民間などから選抜したエリート達に模擬内閣など組織させ、机上演習し研究し、総力戦の参考にしようとしたらしい。

 

 「秘 総力戦研究所設置に関する件」(昭和15年8月16日付)によると、「近代戦は武力戦の外、思想、政略、経済等の各分野に亘(わた)る全面的国家総力戦」で、「第二次欧州大戦」も「支那事変の現段階もまたかかる様相を呈しつつあり」と記されている。そのため国家総力戦に関する基本的調査研究」を行う機関は、「至急之を開設」すべしと結ばれいた。

 

 その総力戦研究所が組織した模擬内閣(首相や各大臣も置く)が、(真珠湾攻撃の三ヶ月ほど前の)昭和16年8月27日と28日の両日、本当の内閣・近衛内閣と対峙して会議を開き、模擬内閣が討論の結果到達した結果を報告していた。
 

 その内容は「12月の中旬、奇襲作戦の敢行により緒戦の勝利を見込まれるが、しかし物資において劣勢な日本の勝機はない。戦争は長期戦になり、終局ソ連参戦を迎え、日本は敗れる」というものだった。今読むとまるで予言の所である。終局のソ連参戦まで予想しているのには驚いた。

 

 東条英機などは、彼らの研究の動向に注目していただけにショックだったようだが、この東条英機や大本営参謀の辻正信ら戦争推進派はこれらの意見を潰していったようだ。

 

 読んでいくと、政府や軍部側から出される具体性・現実身を帯びた「想定」を受けて、この総力研究所は他にも色々研究し、そのシュミレーション結果を報告しているが、それがまた皆鋭い。
彼らは非常に正鵠を得た分析を行い、今日知れている結果と比較しても各種数値は大差ないものを弾き出していて非情に驚かされるのだ。例えば戦争に突入した後の商戦隊や戦艦が沈められて減る船舶消耗量や、時間の経過とともに変化する双方の国力の差などの予想から戦争の行方なども、かなり正確に予想していたことがわかる。

 

 この研究所は、昭和17年に解散させられる。こんな凄い予測をしていた機関があったのに、日本は精神力で日英を上回るだとか、日露戦争のようにやってみないとわからないと言って戦争に突入した軍部に、私は日本人の愚かさの一面を垣間見た。

 

 人間は過去を反省しなければ、言い換えれば歴史から学ばなければ、何度でも同じ過ちを犯す動物である。特にこの事例など日本人的性向が顕れているように思う。
 

 この総力戦研究所の逸話を自分なりに考えてみればみるほど、(私は勿論戦後生まれの人間だが)あの戦争は一体何だったんだ、何と愚かしい事をしたのだろうと思いに囚われる。

 

 しかしよくよく考えてみると、当時戦争にいった人の中の多くの者が、こんな研究所の予測でなくとも、戦争当初から負けると思った兵士が多かったのではなかろうか。
 

 実は私の母方の伯父は、初期の予科練出身者で、真珠湾攻撃にも353機のうちの一機のパイロットとして参加し、潜水艦を一隻撃沈している。その後アリューシャン列島や、南洋の島々に配属され、最後は九州に戻ってきて消耗していたパイロットの養成にあたり、昭和20年4月1日、米軍の沖縄上陸を阻止するために片道燃料で出撃し戦死している。

 

 母親から聞いた話だが、その伯父が真珠湾攻撃から大して月日の経っていない頃、休みで帰省し、祖母に(つまり伯父の母に)コッソリと「日本は、どう足掻いてもいずれ負けるよ」と言ったそうだ。真珠湾攻撃も、攻撃に参加したものには楽勝というような印象ではなく地獄のような戦いだったらしい。
 
 日本人は冷静になれば、優秀な分析能力を発揮する国民なのだ。そのような分析による卓見を得たならば、捻じ曲がった風潮などで圧伏することなく、その意見を尊重し活かすよう心がけるべきだ。

 

 その上で国民一人一人が本来の日本人の勤勉さで努力し克服してゆけるようになれば、今日のこの未曾有の経済危機も乗り切るだけでなく、きっと世界に貢献できる日本へと発展できるのではなかろうか。

 

 経済状況の悪さから、人々の気持ちが荒れたのも分からないではない。でもマネーゲームのような投機や犯罪、企業倫理の欠片も無い酷薄な会社が増えた背景には、バブルの経験を経て、日本人の特徴だった勤勉さが時代とともに、多くの人から剥落し、努力する心が昔と比べると少なくなったことが一番の原因のように思う。

 反論する人は、それも国際化の必然性の所以というかもしれないが、私はそれさえも日本人の言い訳のように思えるのだが、皆さんはどう思うか?

カテゴリ: コラむ    フォルダ: 訥弁夜話

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